牛馬の歩み くっきーブログ

自己紹介 天理教西野分教会長の日常の思考 宗教法人 代表役員 既婚 2児の父    私立天理大学体育学部中退 大学時代はほぼほぼ柔道、 時々バイト・パチンコ・麻雀・稀に勉強と、毎日が充実していたが将来について漠然と不安を抱え悶々と過ごしていたと思っている。 2015年 天理教西野分教会長任命 現在へ至る。   趣味 テレビ鑑賞・スポーツ観戦、少年柔道を指導(振武館) 最近はsnsを見ている事が多いかな。 僕はお酒を飲まないので、妻と子供たちとお菓子を食べるのが楽しみ

「かしもの・かりもの」の説かれ方の変遷|第3回コムヨシ布教所オンライン勉強会ふりかえり

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こんにちは、くっきーです。

 

過日、第3回コムヨシ布教所オンライン勉強会が開催されました。

ヒサマツ先生による講義をふりかえって勉強します。

 

「かしもの・かりもの」の説かれ方の変遷

天理教校論叢第36号(天理教校の論文だそうです)村上論文をベースに紐解いていきます。

 

※ちなみにこの論文は、道友社で誰でも購入出来るそうです!(初耳)

 

天理教教典の公布がターニングポイント

天理教教典のスタートによって説かれ方のニュアンスが変わっていったそうです。

 

天理教の歴史的背景として

昭和13年 革新の時代

             (思うように教理を説けない)

昭和20年 復元

            (終戦に伴い、革新以前の教理を復元)         

昭和24年 天理教教典公布

             (10月26日)

 

天理教校論叢36号(村上論文)では、

  • 昭和20年から29年の「みちのとも」に掲載された「かしもの・かりもの」の全記事を検証
  • それらの記事を比較、検証することで「かしもの・かりもの」の説かれ方の変化を研究

された内容の論文です。

 

革新以前の説かれ方

  • かしもの・かりもの
  • 八つのほこり
  • 身の内の御守護(十柱の神さま)

 

これらが一つセットで説かれていました。

 

教典公布以後の説かれ方

教典

第4章 天理王命(このなかで身の内の御守護が

         記載されている。

第7章 かしもの・かりもの(このなかで八つの

         ほこりが記載されている。

 

章立てて綺麗にまとめられているように見える。

 

そのため、かしもの・かりもの単体で語られることが多くなっていきました。

 

では天理教教典は悪モノなのか?

みちのとも以外でのお話もほとんどがセットでのお話となっており、不可分な説かれ方をしていたが、

教典により章立てが変わったことで、かしもの・かりものが単体で説かれるようになっていきました。

 

しかし、教典第4章内容は、「かしもの・かりものという話の一端とも申せる」と言われているが、その意味について、

(教典編纂責任者)山澤為次氏は、次のように述べられている。

 

「又、言葉の使いわけも飲み食いも、みな親神様からかしていただいておるのだとしみじみと有難さを身に感じます時に、成程、昔の先生方の仰有つた親神様からのかりものであるという言葉使いの内に、敬虔なる心持が現れておるというように、真柱様から色々と御意見を賜りまして、私はしみじみ感じました。

 

そういう意味において、ここの、『人間身の内…の守護の理』とあるところは、実を申しますと、『この神様のかりもの』というように書かれてあったのでありますけれども、ここで余りにかりものということを詳しく説きますと、あとの第7章と重複する嫌いもあり、ややこしくもなります所から、ここでは御覧のような書振になっております。

 

そういう心持でお読みいただきますれば、この文章の成立がおわかり頂けると思うのであります。」

 

天理教校論叢第36号より抜粋

 

教典の第4章と第7章は、分けたんだけれども、何で分けたかと言ったら、一言でいったらややこしくなるから分けたんだよ。

 

でも本当は、「身の内」の話とか「十柱の神さま」の話というのは、「かしもの・かりもの」とセットで語られるべき内容なので、その分注意して下さいね、

 

という内容でした。

 

まとめ

ヒサマツ氏は話一条という観点から、

 

お話をして人をたすけることに繋がっていくことが理想であり、究極であると結論づけて、

 

かしもの・かりものがどの様な説かれ方の変遷を辿ったのかを知ることで、今我々が身に付けるべきものが何であるか示したのが、今回の勉強会であったのではないかとふりかえりました。

 

終わり

 

 

鹿児島県霧島市の子供の遊び場「台明寺渓谷公園」

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こんにちは、毎日が夏休みくっきーです。

 

先日、さわ(3)、かな(1)、と一緒に、鹿児島県霧島市にある台明寺渓谷公園に行ってまいりました。

 

台明寺渓谷公園

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ここには、枕のそまガラ洗い(枕を教会で手作りしていたこがあり、中に入れる蕎麦のカラを洗いに来ていた)やお泊まり会ではちょくちょく来ていましたが、(脱輪したこともあり…)我が子と来るのは初めてです。

 

駐車場へ

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すぐ側に7,8台の駐車場があり、すぐ登った上に20数台の駐車場がありますが、このシーズンはすぐに満車状態になります。

シーズンで車が多く妙に焦って脱輪したことがあり…

 

公園内へ

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公園と言っても渓谷とあるように、遊泳ができる川です。

川遊びがしやすいように整備されています。


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階段のところでお母さん方が、子供の様子を見守っています。

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壁の上に川から引いた水路があり、その壁づたいに水が流れるといった涼も演出されています。

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平成3年にできたそうです。

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トイレもあり、ちょっとした休憩スペースもあるにはありますが、何せ山の中なので多種多様な虫たちが生息しておりますので、虫が平気な方はどうぞ!

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おなかが空いたので助六いただきます!

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自然の中で解放されたのか、さわかなも奥へ奥へとチャレンジしていきます‼︎

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ここの川は流れも早く、深い場所も沢山あり、岩場も結構すべります。

 

また真夏でも数分浸かるだけで体が冷え切ってしまうほど冷たいので、休憩や水分補給など、よくよく注意が必要です。

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一時間半ほどしっかり遊びましたが、体が冷え切ってしまったのであがることにしました。

15時15分。

 

帰ってゆっくりしようかなって思う間も無く、

「イオンに行きたい!」

まだまだ夏は終わりそうにありませんませんw

 

今回は脱輪せずに済んだ!

振武館練習ノート(2019.6.27)|練習することは柔道に真摯に向かい合うこと

6月27日(木)稽古内容

指導者 久木田

生徒

準備運動
稽古予備運動
寝技 3分×7本
三人打ち込み 5本×3セット
乱取 2分×4本
ボールキャッチトレーニン
(ボールを左右に転がしてキャッチする)
腹筋

 

練習することは柔道に真摯に向かい合うこと

 

先日の学年体重別の県大会に於いて、振武館からは1人3位入賞者がありました。しかし、実力的には互角と思われる優勝者のライバル(Kくん)にここ1年なかなか勝つことができず、忸怩たる思いを抱いておりました。

 

優勝する生徒とそれ以外の生徒とどのような違いがあるのか、そういう視点でも試合を観戦しておりました。

 

Kくんは第1シードで2回戦からの出場でした。しかし、相手は5年生出場者トップクラスの体格を誇るKくんよりもさらに一回り大きく、しかもこの一年間の試合で出場経験のない選手でした。Kくんは開始早々に技ありをとられてしまい、後半まで押されっぱなしでした。

 

残り20秒で「待て」がかかり正直僕は、Kくんが久し振りに負けるんだなと思ってしまいました。「始め!」試合が再開され、組み合った瞬間Kくんが相手の懐に入りこみ一本背負いで担ぎ上げ、相手は畳の上でした。「一本」残り時間僅か15秒の大逆転劇勝利を収めました。

 

周りが歓喜に包まれているにも関わらず、くんは顔色ひとつ変えず、対戦相手に敬意を込めて終わりの礼を行い、下がって試合場を出た後主審の方を向き一礼をして戻りました。

 

うちの生徒(H)は2回戦、3回戦と順当に勝ち上がって準決勝で左手組手の苦手としている選手との対戦になりました。実力的にはHの方が上だったのですが、対戦相手は玉砕覚悟で声を出し技をかけまくり(掛け逃げのようにみえなくはない)結果、判定で負けてしまいました。

 

Hは悔しさをにじませながら、礼をしてそそくさと試合場を後にしました。

 

結果、Kくんが5年生重量級で優勝となりました。他学年の決勝戦も全て観戦してた感想として、

優勝者の所作がとても美しい

という共通点があることに気がつきました。

 

相手に対しての敬意を込めることはもちろんとこと、審判を務めた先生、観戦に来てくれた父兄に対しても感謝の念が所作のひとつひとつに現れているのではないかと感じました。

 

そしてそれらの行動や姿勢は、どこから来るものかと考えた時、普段の練習で柔道に真摯に向かい合うことから得られたものなのではないかと考えたのです。

 

勝利至上主義では絶対に得られないこと

ぼくは今まで、勝負事や何かを成すということは、どの誰よりも勝負に対して貪欲である方が、また思いが強い方が「勝者」として選ばれると考えてきました。

 

しかし、それだけでは説明できない何かがあるのではないかと感じていたの事実としてありました。

 

それは実体験として、高校の1年と3年の時にインターハイ団体で優勝した先輩や同級生を間近でみていた感覚で、確かに勝利に対して貪欲ではあったけれども、何かもっとおおらかで心地の良い空気感のようなものがあったことを思い出しています。

 

練習に関しては30分前には道場に来て、「ガット」と呼んでいた包帯を足首や手首に巻いたり、痛めそうなところにテーピングを施したり、入念に準備をして練習に臨んでいました。

 

体操一つ、打ち込みも一本一本を確かめるように丁寧に行っていました。練習中も指の使い方から体の動かし方、目線の方向など細部に渡って修正や確認、繰り返し反復練習を行っていました。

 

監督、先生に指示されることは少なく生徒自らが考えて実践していました。

 

練習に柔道に真摯に向き合っている姿がそこにあったことを、今思い出しました。

 

  • 一つの物事にたいして、どれだけ丁寧に取り組むことができるか。
  • 一つの物事にたいして、あらゆる可能性があるかを考え抜くことができるか。
  • 一つの物事にたいして、どれだけ考えて続けることができるか。

 

これが勝利につながり、何かを成すこととなっていくのではないかと考えるに至りました。

 

ぼくが目指すもの

ぼくは今のチームを一年後には、日本一のチームにしたいと思っています。

 

そのために、生徒が自ら考えて自ら行動することが大切であることを稽古毎に伝えています。

 

自分の意思によってどのように身体が動き、何の目的で今の練習が行われているのかを考えて意味づけできるよう声を掛けています。

 

そしてなにより柔道を好きになれるよう心を砕いている道中であります!

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようぼくの定義|ナゼおかきさげは大切なのか|オンライン第2回教理勉強会

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こんにちは、くっきーです。

 

過日、コムヨシサロンにてヒサマツ氏@damedameyohbokによる第2回目の勉強会が開催されました。

 

残念ながら自教会の月次祭準備のため参加できませんでしたが、記録に残して下さっていたので、何回も見まくってテープ起こしのようなかたちで自分の勉強のために記録しました。

レッツ、アウトプット!

 

前回のポイント(2つ)

おかきさげの概要

  1. ようぼくの心構えというおさしづがあるから
  2. おかきさげ以外のことは話さなくて良い(おかきさげより他のこといらん)

 

以上のことから、おかきさげは大切であると言える。

 

今回はその続きになるがその前に…

 

前回ヒサマツ氏がものすごく衝撃を受けたこと

 

「ようぼく」という言葉の定義がヒサマツ氏が考えるものと、広く天理教信者一般に使われるものとのズレ

 

○信者一般のようぼくのイメージ

ようぼく=おさづけをする人

とすると(ようぼく=おさづけをする人)にとっておかきさげは大事だよとなってしまいかねない。

 

※おさづけは大切で大事なは当たり前なのが大前提なことなのだけれど。

 

現在、おさづけ自体に疑問を持っている方にとって、おかきさげも疑問に思われかねないので、一旦ここでようぼくの定義を改めて行う。

 

まずは、ようぼくの定義をそろえる。

 

ようぼくという用語がそのまま教語として多く用いられるようになったのは、教理の「復元」に応じて原典が公刊され、昭和24年(1949)に天理教教典が公布されてからである。

                                               天理教事典

さらに、

昭和34年の教規改正のとき、それまでの信者の3段階を示す「信徒・教徒・教師」の呼称が「信者・ようぼく・教人」の3段階に改められて、ようぼくは天理教信者の信仰経歴を表す呼称ともなった。

17歳以上の信者で、教会本部において9度の別席を運び「さづけ(さずけ)の理」を拝戴するようぼくとなる。この用法ではようぼくは「さづけの理の拝戴者」を意味する。

                                                  天理教事典

つまり、

ようぼく=おさづけをする人

       ⬇︎

昭和34年以降から広まっていった。

では昭和24年、34年以前はどうだったのか?

 

ようぼくという言葉はもちろんあったが、違う意味で使われていた。

 

おふでさきでの用法

一寸はなし神の心のせきこみハ

よふぼくよせるもよふばかりで  3:128

 

よふぼくも一寸の事でハないほどに

をふくよふきがほしい事から  3:130

 

                                           おふでさき

親神によって量的に期待されている。

人数がたくさん欲しい。

にちにちによふぼくにてはていりする

どこがあしきとさらにをもうな

 

をなじきもたんたんていりするもあり

そのままこかすきいもあるなり  3:131,132

 

いかなきもをふくよせてハあるけれど

いがみかかみハこれわかなハん  3:50

 

                                               おふでさき

質的に求められている。

歪んでいる、屈んでいるものは適わん。使いづらい。質が大事である。

 

よふぼく=信者のなかでも陽気ぐらし世界建設を建物の建築に例えて、布教伝道にあたる者をそのために使用される用材として見立てた言い方である。

天理教の布教伝道の場における人材にする。

 

信者の中でも、世界だすけによりコミットが深く質が問われる信者

※コミット(責任の伴う約束や目標や目的に対して積極的に関わる、責任を持って引き受けるという意思表示。)

 

要約

 昭和24、34年以降

よふぼく=おさづけをする人

 

昭和24、34年以前

よふぼく=質が問われる信者

☝︎ヒサマツ氏の考えるようぼく

 

ようぼくの心構えは裏を返すと、質が問われる時(質の内容とは)、おかきさげに書かれていることを実行できる人!

 

質の基準がおかきさげに書かれている‼️

質が問われているからこそ、その質の基準をどこに求めるのか。

 

おかきさげに求めるべきである。

 

以上、よふぼくの定義について。

 

次回、教理勉強内容予告!

  • 天理教校論叢三十八号の紹介
  • 天理教教典が出るまでと、出てから後の「かしもの・かりもの」の説かれ方、理解され方の変化
  • おかきさげの大まかな内容解釈

 

予習、ヒサマツブログを読むことww

 

おわり

 

振武館道場|負けから得られること|お釈迦祭り柔道大会振り返り

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こんにちは、くっきーです。

 

10連休が始まってすぐに少年柔道の大会が志布志市で開催されました。

 

振武館道場の指導に携わるようになって三年目、ようやく高学年5人のメンバーで団体戦を組んで試合に出場することができました。

 

柔道は個人競技なので試合は自己完結します。しかし団体戦となると様相が一変します。

1つの勝ち、1つの負け、1つの引き分け、さらには1つのポイント、1つの反則で勝敗の流れがからっと変わってしまうのです。試合時間ラスト10秒のあのヒリヒリとしたせめぎ合いが団体戦での醍醐味で僕は大好きです。

団体戦ならではの緊張感や連帯感を体感してもらえたら、柔道を知らない方やあまり興味がない方にもスポーツエンターテイメントとして浸透していくのではないかと勝手に思っています。

 

試合が終わった後、父兄から言われた一言

予選2試合して二戦二敗、5.6年生で編成するチームに5年生だけで挑んだ結果です。

またこの試合は毎年ゴールデンウィークの初めに開催されることもあって鹿児島県内はもとより宮崎、熊本、大分、佐賀からの強豪道場の参加もあり、実際予選2試合とも県外の宮崎、大分のチームとの対戦でした。強い相手でした。

 

「なかなか勝てないですね。」

 

ある父兄から試合後に言われました。

親御さんからすれば、目の前の試合で自分の子どもが勝利し機嫌よく家路について、家族でお祝いのご馳走を食べることに越したことはありません。それはそれで喜ばしいことです。

 

でも負けたからこそ得られることが多いのです。自分の苦手なこと、自分の弱点、自分に足りないこと、それらは負けることでしか得られることができません。中には勝ちからも得られることがありますが、11.12歳の頭でそのようなことを考えられることはほぼ不可能です。極めたアスリートでは話は別でしょうが。

それを次の稽古に生かしていくのが我々指導者の役割です。だから負けから得られることを大切にしています。

 

お釈迦祭り柔道大会(振り返り)

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1試合目 三重柔道(大分)

先鋒、瀬戸口    △横四方固め◯

次鋒、今村 △合わせ技(足払い、横四方固)◯ 

中堅、梶原       引き分け

副将、久保田   引き分け

大将、坂井   ◯合わせ技(朽木倒し 上四方固)

1対2 敗戦


2試合目 生目道場(宮崎)

先鋒、瀬戸口  △背負投◯

次鋒、今村 △合わせ技(背負投、袈裟固め)◯

中堅、梶原  △内股◯

副将、久保田△合わせ技(内股、袈裟固)◯

大将、坂井   引き分け

0対4 敗戦

 

2戦2敗 予選敗退

 

試合後、志布志の名店「マルチョンラーメン」へ馳せhttp://www.maruchonramen.co.jp/?mode=pc参じてましたw

創業昭和37年 マルチョンラーメン|鹿児島県志布志市

 

気持ちの切り替えは見習うべきところだわw

天理教的生き方のススメ|おかきさげ(概要)|オンライン第1回教理勉強会

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こんにちは、くっきーです。

 

コムヨシサロンの4月からの新企画として、

オンライン教理勉強会がスタートしました。

 

講師は「あれもこれも」ブログでお馴染みの

ヒサマツ氏です!

あれもこれも | ダメダメようぼくが天理教の教えを解説したりするキワモノなブログ( `・ω・´)ノ

 

 

「おかきさげ」

天理教信仰者として生きていくためのポイント集

 

ヒサマツ氏は自身のブログでもかなりの頻度で「おかきさげ」を取り上げています。

 

ぼくの推しメンはおかきさげです。

とヒサマツ氏は言います。

 

これは純粋におかきさげが好きだ!ということもあるでしょうが、天理教の教理としてとても重要であるとの考えの表れではないでしょうか。

 

なぜ重要なのか?

 

おかきさげは、ポイント集、要点集であり世の中を天理教信仰者として生きていくためのルールが書かれているからです。

 

世界はこのようなルールなので、天理教信仰者はこの様に生きなさいよ的な。

 

 

そもそも「おかきさげ」とは?

 

ヒサマツ氏は、天理教校本科研究課程を修了されています。

 

天理教校本科研究課程とは天理教の頭腦の中枢的役割を果たし、2年間の課程の中で天理教の教理や天理教の文献をひたすら探求し続けるところです。

 

その天理教本科研究課程でおかきさげの魅力、重要性に気づいたそうです。

 

おかきさげとは、おさづけを頂いたのち「仮席」(かりせき)において渡される書き物を指してもちいる。

天理教辞典)

 

天理教の三原典の1つであるおさしづ(明治20年〜40年)御神言の中の一部で、明治20年から明治23年7月までのおさしづの中でおさづけを渡される時に下されたものでおさづけさしずと呼ばれるものをまとめられたものです。

 

(おさづけさしずは191件あるそうです。)

 

おかきさげの作成された明治23年7月以前でも、おさづけを授けられるとき、いちいちその人をみてお言葉があった。これを書き取って渡されていた。

 

このお言葉は、おさづけを頂く人によって異るものであったが、この23年頃のお言葉(おさしづ)をみると、殆ど現在のお書下げと同じ言葉である。

 

すなわち、人によって異るのではなく、誰にでも同じ言葉を与えられている。これを書き取って、仮席において渡す「おかきさげ」とされたのである。

天理教辞典)

 

明治23年7月13日〜16,17日までに集中して下され成立に至るとのこと。

 

このように、おかきさげとは人間が都合よく解釈した言葉ではなく、練りに練って下された御神言であるのです。

 

 

天理教的生き方

「おかきさげ」に書いている内容こそが天理教の信仰の軸となる考え方であり、天理教の方向性をデザインする軸であり、あらゆる判断軸のゴールになると思っています。

あれもこれもブログ

「ぼくは『おかきさげ』こそが天理教の判断軸だと思う」より

ぼくは「おかきさげ」こそが天理教の判断軸だと思う | あれもこれも

 

おかきさげは、心を澄ます方法であり日々の生活の中で実践することを具体的に教えて下されています。

 

しかしこれは信じた後でなければ、いくら素晴らしい言葉でも受け取ることができません。

 

だからあえて天理教的生き方のススメとなっているのです。

 

ようぼく(あえて書きますが)としての心構えとされてきたおかきさげですが、今一度探求すべき課題であるとこの教理勉強会で認識させられました。

 

内容は次回、来月からのお楽しみということで!

 

おわり

 

 

 

 

 

 

少年柔道指導記録 2019.4.11|振武館鹿児島道場

4月11日(木)稽古内容

指導者 久木田

生徒 T
M
K




  • 準備体操
  • 稽古予備運動
  • 打ち込み 10本×10セット
  • 三角返し練習
  • 寝技 3分×4本
  • 体捌きをして技を受ける練習
  • 乱取り 2分×4本

 

⚫️三角返しからの抑え込みの練習。
先月から繰り返し練習をしていたため輝が拳心に教えてくれていた。翔陽は初めてだったようだ。今年いっぱい繰り返し練習していきたい。

 

⚫️体捌きをして技を受ける練習。
相手が技を掛けるタイミングに合わせて相手の引き手と反対側の足を一歩踏み込み下腹を出す。同時に相手の引き手を切るべく肘を真後ろに力強く引き下げる練習。相手の技を見極め体の捌き方かわし方を身につける。
試合で小さい相手に背負投げで掛け逃げ風に負けてしまうことが増えてきたので、その対策も兼ねている。

 

⚫️T ほとんど休みなく稽古に来ているので、三角からの返し抑え込みもほぼ覚えてきた。今日は拳心に三角返しの分からないところを教えてくれていた。

 

⚫️M 女子が1人だけなので(美晴もいるが)からかわれることがあって、そのフォローをどうしたらいいのか考えあぐねている。

 

⚫️K 一通りのことは指導したので、これからは細かな足の動きや手の使い方、力の使い方を指導していきたいと思う。

 

⚫️A 体の成長と心の成長を待つ時期なのかもしれない。まだまだ幼い部分が多いので見守っていきたい。

 

⚫️T 頭を下げがちなので、しっかり前を相手を見てしっかり組む。

 

⚫️H 三角からの返し方が初めてだったので戸惑った様子だった。